1980年に発表された坂本“教授”2枚目のソロ・アルバム。教授のキャリアの中で最もアバン・ギャルドであり最もダブ的な、刺激に満ちたサウンド。そしていわゆる産業音楽(商業音楽)へのアンチ・テーゼだと本人は語るように、この時代の教授はファースト『千のナイフ』でも見せる激しく尖った感性が衝撃度を増し、全方向へ訴えかけるかのような峻烈なコンセプトに貫かれている。
レコーディングはロンドンの老舗“エアー・スタジオ”で行われた。ここから後にワールドワイドに発展する予兆を見せ、のちのち互いに影響を与え合う存在になるジャパンのデヴィット・シルヴィアンにも出会うことになる。サウンド面では、この時代から教授の終生の友となるSequential Circuit社製Prophet-5というシンセサイザーを使い始め、そのふくよかなポリモジュレーション・サウンドが他の硬質で無機質な空間を包括する。客員ギタリストはXTCのアンディ・パートリッジ。ここでも教授はアンディのギターを見事にバラバラに解体し、マルセル・デュシャンを思わせるダダイズム的再構築を図っているが、彼の言葉を借りればむしろ現代音楽寄りの“ミュージック・コンクレート”的なサンプリング感覚を追求したかったようだ。
次に、特筆すべきお気に入りの楽曲を紹介しよう。冒頭の「Differencia」はエレクトリック・ミニマル・パンクというべきか。曲名はフランスの哲学者ジャック・デリダの著書の名前に因む。「Thatness and Thereness」では珍しく教授自らがヴォーカルをとっている。曲自体は印象派的なロマンティックで美しいコードなのに無機質なシンセ音の影響でレトロな未来感を醸している。後にライブ・アルバム『メディア・バーン』でも弾き語りで演奏されているが、こちらのバージョンの方がむしろ平凡に聴こえてしまう。「E3-A」は韓国の光州で暴動があった時にアメリカのCIAが飛ばした偵察機の名前からつけられたらしいが、このアルバム中最もダブ要素が強い。EQでパキパキにカットされたギター音はガムランやカヤグムを意識して作られた。「Riot in Lagos」はまるで現代のオールドスクール・ヒップホップを予見していたかのようだ。数年前にケン・イシイが『Mixup』シリーズ中で“Planet Rock”風にコンパイルしたことも記憶に新しい。そしてかのアフリカ・バンバータやニューヨークのドラスティックなヒップホップアーティストもこのアルバムから多大な影響を受けたと語っている。
さて、締めくくりとしてラスト曲の「Not the 6 o'clock News」やアルバム全体にみられる特異性とは何なのか?彼は過去のインタビューで「雑踏や電車の中でもたくさんの音が聞こえますね。視線を遠くにしてボーッとしていると沢山の音が聞こえてくると思います。僕は高校の時、そういう訓練をしました。そうすると普段は聞こえないけども、電車の中だけでも軽く10種類ぐらいの音が聞こえてくると思います。そういう耳の訓練というのは、すごく音楽的だと思います。」と語っている。
アート・オブ・ノイズは「工場のノイズを美しいと思った」と言ったが、この発表自体30年以上も前のアルバム『B2-Unit』が現代に投げかける特異性といえば、アート寄りのノン・ミュージシャンが作ったのでもなく正当な作曲の訓練を受けた前衛音楽家がロックやレゲエという権力を得たことに他ならない。逆にその反対のパターンは現在猖獗を極めている。そして注意深く聞くと、まさに全方向へ訴えかけるかのような峻烈なコンセプトに貫かれている。もし今、初めてこのアルバムを聴く人はいったいどう感じるのだろうか・・。ポピュラーとアバン・ギャルドの中間に位置する意欲作。